お盆休みが終わりましたね。学生さんなのであまり関係がないといえばそうなんだけど。
相変わらずの雰囲気小説かつ内容が意味不明な気もしますが、自己満足で。
〈Attention〉
当作品はフィクションです。
暴力、流血描写等があります。苦手な方はご注意ください。
無断転載はおやめください。
お題をお借りしています:
Silence
『七つの海と孤高の海賊』 3,弔い合戦
七つの海と孤高の海賊 3, 弔い合戦
砲撃が止まない。私の隣の男はニヤリと笑った。一体私がここにいて何になるというのか。正直、私がここにいる必要性は何も感じられない。口を開けばそんな悪態が出そうで、私は気づかれないようにそっと唇を噛んだ。
幼馴染の恋人だった男とは一ヶ月前にこの街の酒場で再開した。四年前とは何もかもが変わっている。私も、この男も。私の薬指には綺麗な銀の指輪が光り、男の腕には痛々しい大きな傷が走っている。これが私とこの男の月日の流れの違いを雄弁に物語っている。
「久し振りね」
「本当にな」
四年振りの再開は願ってもいない形だった。この男が街を去ったあと、私も故郷を出た。もう会うことはないだろうと思っていた。いや、この男に会いたくがないからこそ故郷を離れた。この男といると嫌でもあの娘のことを思い出してしまう。私とこの男と共にいた、あの娘のことを。
隣の男は強い酒を注文すると一気に飲み干した。私は目を伏せ、酒を煽った。お互いに何も話さない。否、話せない。
「アンタを探していた」
唐突に男の口から出た言葉に驚いて顔をあげた。ルビー色の瞳に整った顔立ち、肩でバッサリと切られた絹の様な髪。色はあの娘の好きだった、太陽のような金。姿形は変わらないが、あの娘の愛した商人の息子の優しい青年の面影はない。そこにあるのは残酷な海賊の顔だ。
「私を?」
「見つけたんだ。奴らの根城を」
私と男の間で暗号となった言葉。あの娘を殺した敵。顔も身分もわからない、私たちの大切な娘を殺した奴ら。
「だから私を?」
私は喉を鳴らして笑った。程良く酒が回って来たらしい。この様に酒を飲むようになったのもあの娘が死んだ後からだ。何もかも昔から変わった。変わらざるを得なかった。それなのに、今更。
「私達はもう新しい人生を歩んでいるのよ。私達が未練を残しちゃ、あの娘だって安心して逝けないじゃない」
「だから俺は奴を探した」
男の目はまっすぐと虚空の先、遥か彼方を見ていた。瞳にうっすらと涙が溜まっているように見えるのはこの強い酒のせいなのだろうか、それとも――
私はグラスをからにしてこの男と同じ酒を頼んだ。気まずい沈黙。男はこれを破る気はないらしい。店主に渡されたグラスから漂うツンとした匂いが鼻をくすぐる。なんとも海賊の好みそうな匂いだ。
「なら、一人で行けばいいじゃない・私にはもう新しい生活があるの。それに店だって……」
私には新たな人生がある。結婚を予定している恋人もいる。その恋人と営む店もある。あの娘に未練がないといえば嘘になるが、今あるすべてを捨てることなど私にはできない。
「用意はできている」
男は私の方を向いて言い放った。何を言い出すのか。
「用意……って?」
最悪なシナリオが頭を過ぎった。この男ならやりかねない。私は雑念を払おうと頭を小さく振ったが、気休めにしかならないだろう。そう思うほどには私はこの男のを知っている。自分の決めたことは絶対に曲げない。この男はそんな男だ。
「アンタを連れ出す用意、だ。アンタ自身には傷は付けない」
嗚呼、この男は。海賊であることに酔ったのか、陸での生活がどのようなものかわからないのか。そんな男の提案にぐらぐらと揺れる。私は強い酒を一気に飲み干した。色々混ざって熱を持った感覚が喉を通り過ぎた。
「なんでそんなに私に拘るのよ! 私と貴方は既に他人なのよ!」
「アンタは悔しくないのか。自分の親友が殺されて。殺した奴らはのうのうと生きていて」
男は淡々と言った。手には空になった三杯目のグラスが握られている。強い酒を三杯も飲み、四杯目に手を出したこの男は驚く程酒に強いようだ。あの娘といた頃は酒なんて口にすらしなかったというのに、いつになく饒舌に話すその姿からは酔った素振りは感じられない。
「俺は赦せない。アイツは苦しんだのに」
刹那、男の眼光が鋭く光った……そんな気がした。身体中が火照ったように熱い。きっとそれは一気に煽った強い酒のせいだろう。
「私だって、」
自分でも驚く程の大声が出た。男は黙って私の言葉に耳を傾けている。総てを射抜くようなルビーの瞳は今は瞼の後ろに隠れている。私は気づかれないように安堵の息をついた。
「私だって赦せる訳、ないじゃない……」
最初の威勢の良さはどこへやら、自分でも驚く程情けない声が続いた。視界が歪む。もう泣くまい――そう決めた私の決意はいとも簡単に崩れ去っていく。あの娘のためにももう泣くまいと決めたのに……
「アンタには手を出させないし、必ず此処へ戻す。だから、」
男はそう言い、手を差し出してきた。それを握ってはいけないという事は頭では理解しているが、身体は言うことを聞かない。そっと握った手はひんやりと冷たかった。
それから酒場でひと暴れした男に連れられるが侭に海賊船へと乗り込み、今、この甲板に立っている。砲撃はやみ、私の眼前ではひとつの街が炎に包まれていた。未だに抵抗が続いているようだが、陥落するのも時間の問題だろう。あの娘を殺したのは海賊ではなく、利益拡大を狙った商人のグループだったようだ。それも、この男の父親と対立していた商人グループによる後継であるこの男の恋人を狙った計画的犯行らしい。
私はチラッと男を見た。綺麗な半月に歪められた口からは私の知らない異国語が流暢に紡がれる。隣に控えていた男の部下が「Yes, sir.」と一言のこして場を離れた。暫くすると船が動き始める。太陽のような色を下炎を上げて燃え上がる街は嫌味なほどに美しい。徐々に小さくなっていく街に私は背を向けた。
「アンタは部屋へ戻れ。帰路に着く」
いかにも楽しんでいるといった様子で男は言った。私は素直に従い、甲板を後にする。
嗚呼、この人をここまで変えてしまったあの娘は罪な女。それに翻弄される男と私は――なんとも愚かなマリオネット。
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