せっかくのGWということで遂行して仕上げましたシリーズ。
雰囲気小説かつ内容が意味不明な気もしますが、自己満足で。
〈Attention〉
当作品はフィクションです。
暴力、流血描写等があります。苦手な方はご注意ください。
無断転載はおやめください。
お題をお借りしています:
Silence
『七つの海と孤高の海賊』 2,ワルツは銃声で
七つの海と孤高の海賊 2,ワルツは銃声で
アイツが此処を発ってから早一年が経とうとしている。何を求めて海をほっつき歩いているんだか私には知ったっこっちゃないが、アイツの噂話だけは聞かぬ日はないくらい、毎日のようにこの離島にも届く。
「へぇ、それは恐ろしかったねぇ」
海賊共の話に笑顔で相槌を打つ。海の荒くれ共の集まるこの酒場からは笑い声、怒鳴り声、叫び声が途絶えた事がない。現に視界の端では陽気に酒を飲む様が見えているし、逆に方向に目をやれば今にも暴力沙汰が起こりそうな険悪な雰囲気で言い争いをしている。
目の前の既に出来上がった海賊はニンマリと口角を上げた。その表情に今ここにいない人物が脳裏をよぎる。アイツなら、もっと綺麗に、嫌らしく口の端を吊り上げるのだろう。無意識にアイツと比べている自分がいることに気付き、私は心の中でため息をついた。
「本当さァ。海の上でアイツに会っちまったらァ最後。海の果てまで、追い掛けてェきやがる。俺ァ、アイツから逃げ延びたァ唯一の男よォ」
呂律の回らない海賊の自慢話に酒場から笑い声が上がった。私も口元に笑みを浮かべて頷いた。アイツのしつこさはこの酒場の誰よりも私が一番知っている。一度狙ったら最後。手に入るまでは諦めないし、どんな非常な手段だって取る。アイツはそういう男だ。この街だって、アイツの思い通り。いや、街だけでなく、この世界はアイツのために有るのかも知れないとさえ思う。
小高い丘からは広い海が一望でき、市に行けばいつも笑い声が絶えない。私の知っているこの街はそんな街だった。しかし、今日はその活気が消え今までにないほどは静まり返っている。これほどまでに気味の悪い静寂に包まれたこの街を、私は知らない。綺麗に晴れ渡った空に似つかない程、私の心は落ち着きがなかった。何か、何かが起こっているような、そんな不安が私の体の中を電流のように走る。
家の外に出るなという祖父の言い付けを破り、私は急いで丘を下った。もし、私の大好きな祖父の身に何かあったらどうしようか。普段なあらありえないと一蹴できる恐ろしい事しか頭に浮かんでこない。
「お祖父さん……」
呟いた私の声は意外な程か細く、頼りがなかった。しかし、何故か声を張り上げる事はできなかった。いつもなら皆から五月蝿いと怒鳴られていたはずなのに。こんな時に限って頼りない。
両親が早くに他界した私にとって、祖父が唯一の肉親であり親だった。街の人は皆良い人ばかりだし、友達も沢山いた。だが、私を支えてくれている家族は祖父只一人だ。
「お祖父さん……」
市も、広場も、街全体が死んだように静かだった。いつもなら私を暖かく受け入れてくれるこの街は、昨日までが嘘のように私を拒んでいた。もう、此処には私の居場所がない。そう言われているように。別の誰かのものになってしまったかのように。
祖父の姿もまた、街の何処にもなかった。まるでどこかに隠されてしまったように。私は最後の心当たりを頼りに丘を駆け上がった。丘の向こう側の山小屋に私の祖父はいる。
「ほぉ、あくまで『いない』と意地をはるか」
扉を開けようとした刹那、中から知らない男の声がした。扉に向かって伸ばした手を引っ込める。逆らうことを許さない、男の声はそんな冷たい響きを持っていた。
「ああ。お前さんの言う娘っこはこの街にはおらん」
「アンタに似た娘だ。焦げ茶で長い髪を二つに結った、あの。ソイツを出さねぇなら、街を襲う」
体中を戦慄が走る。知ってはいけないことを知ってしまったような罪悪感が私の首を絞める。頭の中で警鐘が大きく鳴り響いているが、私は凍りついたようにその場から動けなくなった。
「知るか、そんな娘。それに、こんな何もない街を襲った所でなんの徳にもならんだろう」
「確かに、何もならないかもしれねぇな。だが、富と権力は多いに越したことはない。土地もあって困ることはない。つまり、襲う価値は十分ある。さあ、どうする? 娘を差し出すか、街を差し出すか」
嗚呼、この男は私の命と街の命を天秤に乗せている。祖父にとって選べる訳のない、天秤に。
私は意を決して扉に手を掛けた。木の扉は静寂を切り裂くかのように、常より重い音を立てた。そこにあったのは驚きと絶望を浮かべた祖父の顔と、ニヤリと笑った男の顔。私は無言のまま、祖父の隣へ行き、その手をそっと握った。体温を失ったような祖父の手はっそれだけでこの男の恐怖を私に伝えてくる。
「貴方の望みは何」
震える声で男に尋ねた。恐怖を目前にして上手く声が出ない。目を上げて男の顔を見るとルビーの瞳が私を見下ろしていた。海賊のものとは思えないほどに美しく輝き、独特の魅力を放つそれに惹きつけられる。
「アンタをものにすることだ」
綺麗に半月を描いていた唇が言葉を紡いだ。整った顔立ちの男が発する耳あたりの良い甘いテノール。美しさを集めたように全てが完璧な男に対抗する術が見つからない。
「私が貴方のものになれば、この街の人には手を出さないの?」
気付いたら勝手に言葉を発していた。隣にいるはずの祖父の声が遠くから聞こえる。私は神経全てを男に注いだ。男は何も言わず、不気味な沈黙が流れる。この沈黙さえも男の配下だとしたら、私はどうすれば良いのだろう。
「……誓おう。俺の名において」
自然と涙は出なかった。後に残ったのは無意味な敗北感と妙な安心感。自分が自分でなくなるというのはこういう状態になるものなのか。どこか遠くへ追いやられたような心で、私はそう思った。
それからこの街は孤島であるのを良いことに、海賊の牙城となった。男は約束通り島民には手を出さず、手をだしたならばたとえ自分の配下だろうと容赦なく罰した。多くの知人や友人が島を離れたが、私の行く場所はもうどこにもない。この小さな街が私の世界となった。
「ところで、嬢ちゃん。アンタはァ何でこんな所にいるんでェ? アンタくらいの若ェー娘っ子なら海の向こうの街へ皆ァ逃げちまうのに」
先程まで賑やかだった酒場が急に静かになる。笑いながら酒を飲んでいた者も、口論をしていた者も皆驚いたような顔でこちらを見る。海賊の質問があまりにもおかしくて、私は声を上げて笑った。万が一、私がここを離れるような事があれば、アイツは全世界の人間を殺してでも私を探すだろう。そういう執念を持った男なのだ、アイツは。
「そりゃあねぇ、アンタ……」
私が海賊に話しかけるや否や、銃声が鳴り響き、私の目の前の海賊はぐったりとした。どうやら、この海賊がアイツに追われていたと言うのは本当だったようだ。
「随分とまぁ、派手なお帰りじゃないか」
私が視線を送った先には待ち望んでいたアイツの顔。綺麗な顔が怪訝そうに歪んで台無しだ。アイツが前に進めば皆こぞって道をあける。私の前から一直線に道が開けた。
ただ一つ誰も座らずに空いていた、もはや定位置となっている椅子に尊大な態度のまま座る。いつもと変わらぬその態度に思わず笑みが漏れた。
「いつもの奴をくれ」
「はいはい…… ちょっと待っていて」
撃たれた海賊は部下がどこかに連れて行ったのだろう。気付けばその姿はどこにもなかった。不運なものだ。あの海賊も、私も。アイツの手の上で踊らされているのだろう。その旋律は驚く程、心地良い。
酒を用意する私の後ろで、怪訝そうだった顔に笑みが戻った気がした。

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