第三弾は日本三名城のひとつ、熊本城
別名を銀杏城ともいい、加藤清正が築城し、加藤家改易後は細川家の居城であった城
地の利を最大限に生かし、難攻不落の名城と言われ西南戦争時に真価を発揮した

この城の石垣は武者返しの石垣と言われ、石垣の八合目あたりからはほぼ垂直になり、敵が登れないようになっている
この城の堅固な守りを支えていたという
戦国から江戸に掛けて戦にこの城が使われることはなかった
しかし西南戦争で官軍の拠点となり難攻不落ぶりを発揮したが決戦前に原因不明の出火で多くの建物が焼失した
その火の手を逃れた宇土櫓は小西行長の築城した宇土城の天守閣を移したものだと言われている
宇土櫓は正しくは層になっている部分を指す

天守閣から見た宇土櫓

宇土櫓から見た天守閣


天守閣
2008年に天守閣が完成し、
本丸御殿場の作りは京の二条城と似た造りである気がします
おそらく、両方とも藩主(将軍)の居城としてつかわれたから……でしょうか?
将軍の部屋にかかれているのは王昭君
中国四大美人の一人でありきょうどの冒とつ単宇に嫁いだ女性です
なんでそのような女性がかかれていたのか、不思議ですなぁ
宇土櫓、階段が急です
これも攻めにくくするため……なのは納得できますが、観光には不向きです
城下町は攻められにくいように家が一直線にはなっていないらしいです
お陰で裏道は運転がしずらい……とか

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